06話

恋慕の少年

2023-10-20 22:36:04
 チャイムの音と共に授業が終わる。講師が教室から出ていくのと共に席に着いていた学生たちは鞄を持って散っていった。窓際の定位置に座っていたスーの隣に座っている青年だけが残っている。
 彼は彼女と同じ学校に通う青年ウォルト。明るい緑色の髪が特徴的な好青年である。

「スーさん、眠そうだね…」

 大きな欠伸をしてからスーは机上のルーズリーフをバインダーにまとめた。
 今日も授業が終わった。今日はバイトがないから後は自由にできる。夕食の味付けを少し凝ってみても良い。しかし、今日もシンが帰ってくるのは日付が変わってからだろう。そうなるといくら頑張って夕食を作ったところで食べてもらえない。

「スーさん今日バイトは?」
「ないわ。どうしようかなって。どうせ、シンも帰りが遅いから外食でもしようかしら…」
「じゃあさ、新しくおいしいお店見つけたんだ。一緒に行かない?」

 ウォルトの誘いにスーは素直に頷いた。断る他はないし、おいしいものを食べるのは大好きだ。それにウォルトはこの学校に来てから一番の友人である。彼と一緒に食べるなら、きっとおいしいだろう。

「行きましょう。どんなお店なの?」
「イタリアン…ラーメンって感じかな…」

 ラーメンなのに何故イタリアンなのか。
 そこら辺がよく分からないまま、スーはバインダーと筆箱を鞄に収めて、肩からかけると立ち上がった。



 なるほどウォルトおすすめの店は確かに一風変わったメニューの店であった。
 しかし、それでも味は美味しかったし、お腹もいっぱいだ。スーは腹を押さえながら、その口元は笑っていた。

「スーさん、楽しそうだね」
「久し振りだわ。最近は家帰っても一人だったし、人とごはん食べたの久し振り」

 ウォルトより前方に躍り出ると華麗にくるっと一回りする。お酒も飲んでいないのに酔っているかのようだ。
 それを見て、ウォルトはほっとしていた。最近、シンという同居人の男がなかなか早くに帰ってこないせいか、スーはどこか元気がないような気がしていた。しかし、自分がこうやって食事に誘うと嬉しそうについてきてくれて、こんなに楽しそうにしていてくれている。それがウォルトには嬉しかった。

 実のところ、ウォルトはスーに対して恋心のようなものを抱いていた。

 調理実習の班が一緒なのだが、あるときウォルトが当番であるはずなのにごはんを炊くのを忘れていたときがあった。それを実習寸前まで忘れていて青い顔をしていたが、見事にごはんは炊けていた。
 そのごはんを炊いていたのがスーだったのである。「誰も炊きに行かないみたいだったから私が行っておいたの」と彼女はさらりと述べた。お陰で調理実習は滞りなく終わり、次から気を付けてね、ともう一人の班員に言われただけで終わった。彼女がいなければどうなっていただろう。
 それ以来、彼女に好意を抱いている。ウォルトにスーが自分をどう思っているのかは正確には分からない。しかし、一番の友人だと思ってくれているのだとは思う。

「その人、そんなにお仕事忙しいんだね」
「ええ。シンもまだ仕事に慣れてないみたいだから。でも、シンならすぐに慣れるわ」
「ふーん…」

 そう言いきった彼女の横顔を見て、ウォルトは彼に対する嫉妬を覚えた。スーと同居をして、自分よりもずっと長い時間過ごしてきて、これからもずっといられる彼が普通に羨ましい。ウォルトがスーと一緒にいられるのは学校のときだけである。
 それなのに、ずっと仕事が忙しいとかで彼女を一人にしているなんて…。相手が社会人であることは理解しているが、それがよりウォルトの嫉妬を誘う。

(彼らはどういう関係なんだろう。もし、そういう関係だったのだとして、一体どこまで行っているんだろう…)

 知れば、傷つくのは間違いなのだが、怖いもの見たさで訊いてみたい気持ちはある。

「ずっと気になってんたんだけどさ…」
「何?」

 ウォルトの問いかけにスーはくるりと振り返った。相変わらず、横断歩道の白い部分だけを歩くようなテンションだ。

「スーさんと…その人はどういう関係なの?」
「シンと私のこと? 別に普通よ。シンはじじの一番の部下の息子なの。私が小さいときから隣に住んでるんだけど、一緒に住んでいたようなものね。私がこっちに進学するって言ったときに、私一人でこっちに行くのを最後まで反対していたの。それで、一緒に住むことになったの」
「一体どうしてそうなったのか、その説明じゃ僕には解らないよ」

 スーの返事にもならない返事にウォルトは苦笑いを浮かべる。それでもスーは楽しそうに歩いていた。

「私とシンは家族…それでいいかしら」
「そうなんだ…」

 家族。その響きに越えられない壁を感じると共にホッとした気持ちがあった。
 スーにとってその人物は兄くらいの存在であり、どうしてもそういう存在には見られないはずだ。ならば、まだ仕事も甲斐性もないウォルトにだって勝機はあるはずだ。

「今度、休みの日に私の家に来る? 歓迎するし、シンを紹介するから」
「遠慮しておくよ…。休み邪魔したら悪いし」
「そう」

 そんなの冗談じゃない、と心の中で考えながら、ウォルトは手を振った。間違いなく気まずいことになるのは目に見えている。奇数というのは人付き合いをする上で一番不安定な数字なのだ。

「それじゃ、私駅こっちだから」

 ウォルトの実家と駅の分かれ道に来たところでスーがさっと駅方面を指さした。とうとうお別れか、とちょっとしょんぼりしながらウォルトは頷いた。

「じゃあね、スーさん。また明日」
「また明日」

 スーはにこ、と軽く笑うと駅の方へと歩いて行った。時たま振り返って手を振ってくれる。だからウォルトはそこから動かずなかなか帰れずにいた。

(今日も送るって言えなかった…)

 家まで送るよ、とか車やバイクに乗りながらかっこよく言ってみたいのであるが、お財布の問題とか、面倒くささとかを考えて、ついついこの道で別れることを毎日選んでしまう。
 教習所へ行くにも彼にはお金がないからまだ行けない。夏休みが狙い目だろうか。
 そんな自分を情けないと考えながら、スーが見えなくなったところでウォルトも家路につくことにした。


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