05話

同居は信頼の証

2023-10-20 22:34:28
 最終電車に飛び乗って、なんとか家まで帰り着くことができた。深夜の住宅街はどこも静まりかえっているし、コンビニくらいしか煌々と灯りがついていない。
 シンは残業をしていた。研修の次は本格的な仕事に慣れるまでが難関だった。仕事を捌く速度がまだ遅いシンは残ってしっかり仕事をせねばならない。故に連日最終電車が当たり前になりつつある。しかし、そんな彼には仕事の他に悩みがあった。
 街灯を頼りにハイツ月見が丘にたどり着くと深夜も我が家を守ってくれるオートロックを通り抜けて、部屋の前に来るとすぐに気がつく。台所の窓から部屋の灯りが漏れている。つまり、スーは灯りを消していないということだ。
 ため息を吐きつつ、鍵を開けて中に入ると案の定、寝間着姿のスーがちゃぶ台に突っ伏して寝ていた。彼女は毎日シンが帰ってくるのを待っているのだ。さすがに言ってあるから夕食の準備はしていない。しかし、彼女はちゃぶ台の前でシンを待っているのだ。
「スー様、風邪をひきますよ」
「んー…」
 ジャケットを脱いでから、スーに声を掛けると寝ぼけたように唸る。仕方がないと彼女を抱き上げるとシンの肩にむにゅりと柔らかい感触がした。当たり前ながら彼女の胸だが、前はこんなに大きかっただろうか。
(中学生の頃はこれよりずっと小さかったな)
 彼女もシンの知らないうちに成長を遂げているということだ。ずっと一緒に暮らしてきた。まだまだ子供だと思っていた。八歳も離れているのだから仕方ない。しかし、時は確実に彼女を大人にしている。小さかった胸がこんなにも大きくなっていた。以前ならば年相応にあどけなかった寝顔が彼女の落ち着き相応に大人になっていた。
 そう考えるとすやすやと規則正しい寝息を漏らす口元がいやにいやらしく見えた。彼女にはそんなつもりはないだろうし、シンだってその程度で理性を失うような野獣ではない。ただ、確かにきゅんと訴えかけるものがあった。
「おやすみなさい」
 敷布に横たえて、掛け布団をかぶせると部屋を後にする。何故だか悶々とした気持ちになっていた。
(スー様にこんな感情は抱いてはいけないのに…)
 シンはあくまでダヤンの家の世話になっているだけなのだ。それにダヤンもシンならスーにそんなことはしないと思って、安心して預けてくれている。それを裏切るわけにはいかなかった。
(風呂に入って頭を冷やそう)
 髪をさんざんかきむしってから、ネクタイをほどいた。


「スー様、それはだらしがないです」
「だって、今日休みだから」

 欠伸をしながらスーは寝間着姿で居間に現れた。櫛も通していないのか、寝癖もいくつか跳ねている。何より下着を身につけていない寝間着姿が問題だ。薄い生地であるから身体の線が簡単に出てしまう。
「あんまりだらしないと族長が嘆きます」
「じじも休日はこんなんだったわ」
「……」
 ダヤンを引き合いに出してもスーはこの調子だ。彼女は同居人が男であることを認識していない。
「スー様は私を何と認識されていますか?」
「シンはシンよ。それ以外に何があるの?」
 彼女の言っていることは間違いではない。確かにシンはシンだ。
「確かに私は私です。しかし、スー様…私は男なのです」
「当たり前じゃない。確かにおまえは男ね。私とは体つきが全然違うもの」
 確かにシンとスーを同じ性別だと述べる者はいないだろう。しかし、シンの言いたいことはもっと別にある。
「スー様…」
「信じてるもの、おまえのこと」
 そうにやりと笑ってからスーは洗面所へと消えた。
 着替えずに出てきた本質的な理由は顔を洗うときに衣服が濡れてしまうのが嫌だからとかそんな感じなんだろう。
 それにしても彼女は相変わらず、人の気持ちが解っているのかいないのか分からない。しかし、シンに対して絶対的な信頼を寄せてくれていることは解った。

(ならその信頼に応え続ける他ないな)

 そんなことを考えながら、食パンをトースターにセットして、目玉焼きを作った。


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