04話

初めての独り

2023-10-20 22:33:11
「ただいま…」

 誰もいない部屋にそう声をかけても返事が来ないのは当たり前だ。寂しさを紛らわすように電気を点けると靴を脱いで、部屋に上がった。
 四月に入ってから一ヶ月、シンは新人研修で企業所有の寄宿舎にいる。その間、スーはずっと一人だった。最初こそ口うるさい人間がいなくて、一人で居間を占領して好き勝手していたが、段々寂しくなってきた。
 シンは行く前にいつまでいないのかを告げていなかったから、余計に寂しい。このまま帰ってこないのではないか、そんな不安が過ぎる。
 作り置きしておいたカレーを食べることにして、帰りにスーパーで買ったパックごはんと盛りつけて、同じくスーパーで買ってきた半額引きのサラダと一緒に食べる。温かいだけに寂しさもひとしおだ。
 元々二人でたくさん話す方でもなかったが、何も言わずに食べているときでも彼がいるだけでよりおいしく感じたものだった。例え、半額引きの惣菜であってもだ。このスーパーはこの惣菜がおいしいというのを研究するのも楽しかった。
 しかし、シンがいなくては学校へ行って、バイトに行って、帰るだけの単調な生活。買ってきた惣菜は洗うのがめんどくさいからと皿に盛りつけず、お風呂を入れるのは一人だけだと非経済的であるから、シャワーだけにしている。それがさらに単調さに拍車をかける。
 四月に入るまでは楽しく生活をしていたから、それだけのその反動は大きい。これまで一人暮らしをしたことがないスーにとって、初めての独りだった。
 皿を水に浸けて、ゆすぐと大きな欠伸をした。もうシャワーを浴びるのもめんどくさい。明日は土曜日だし、バイトも休みだし、このまま寝てしまおうか。水切りに皿とスプーンを放置すると自分の部屋に入った。
(シンの声が聞きたい…。うちに帰りたい…)
 自分のベッドに飛び込んで、枕に顔を埋めながら、鬱々とそんなことを考える。すぐに目蓋が重くなってきて、視界がどんどん狭まっていく。
 おやすみ、と言う人もなく、彼女は眠りという暗闇の中へコトンと落ちていった。しかし、眠る彼女の耳には鞄の中の携帯電話が鳴り響いているのは聞こえなかった。


 朝、朝食を食べながら携帯を確認する。着信があったとランプが点滅していた。
 表示されているのはシンの名前。昨日の夜に、それも何件も、さらに留守番電話まで入っている。すぐに声が聞きたくて、それを再生した。

『スー様、ずいぶん家を空けてしまって申し訳ありません。あと一週間ほどで戻りますので、もうしばらくお待ちください』

 あくまで事務的な連絡で短いものだったが、スーには十分だった。すぐに折り返し、電話をする。三コール後にシンは出た。
『スー様、何か変わったことでも』
「何もないんだけど、シンと話がしたくて。そっちは大丈夫?」
『はい、今日は休みですので』
「そう、良かった」
 電話の向こうの声は回線を通して少し変わっているものの、シンのものだ。声が聞けて、リアルタイムにやりとりをして、久し振りに頬が緩んでいる。
『お一人でもちゃんとお食事はなさっていますか』
「大丈夫、昨日もカレー食べた」
『私が見ていないからと言って、あまりだらしのない生活はなさらぬよう』
「大丈夫。ちゃんと火曜日と金曜日にはゴミ出してるから」
 電話の向こうの心配性にクスクス笑いながら答える。こんなにも嬉しい気持ちは久し振りだ。
「シン、帰ってきたときの晩ごはん…何が良い?」
『別になんでも…』
「決まったら、帰る前にメールちょうだい」
『はい…。ではこれから朝食ですので』
「うん、じゃあね」
 ピッ、という無機質な音と共に電話が切れる。しかし、もう電話をかける前のような暗い気持ちではなかった。
「買い物に行こう」
 誰に言うともなしに呟いて、スーは立ち上がる。
 とりあえず、今は風呂に入らないと始まらない。


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