15話
隠した感情
2023-10-20 23:03:35
風呂上がり、髪をタオルで拭きながら部屋に戻ると大きなクッションに寄り掛かりながら、スーが髪を乾かしていた。着ているものは寝間着にしている高校時代のジャージに短パン、寄り掛かる大きなそれはこの間、買い物に行った際、スーが一目惚れで購入した大きなひよこのクッションだ。パウダービーズが入っていて、綿の入ったものよりも気持ちよい。手触りも最高らしく、彼女の一番のお気に入りだった。
だいぶへたれてきたそれに身を預け、髪を乾かす間、スーは何かを見ているようだった。
「スー様、それはなんですか?」
「シン、お盆はお休み頂けるのよね」
「はい…そうですが?」
「じゃあ、一緒にこれに行きましょう」
くるっと手を返して、その表をシンに見せる。二泊三日で海と温泉が楽しめる旅行チラシだった。さらに申込用紙までついている。行く気満々だ。
「しかし、お盆はサカに帰るのでは…?」
「シンがたくさん休みを頂けるのってそのときくらいしかないでしょう? サカにはいつでも帰れるもの」
「族長もお誘いすれば…」
「私はシンと二人で行きたいの」
何故二人で行きたいのだろうか。一抹の疑問を抱くが、彼女は質問させる隙を与えない。もうすでに決定事項であるかのようだ。しかし、スーと二人きりというのも悪くはないと思う。
「族長も誘えばいい」と言ったもののダヤンといれば緊張する。しかし、彼女と二人だけならのんびりできそうだ。
「良いですね。行きましょう」
「わかった。今度電話しておくわ」
淡白にチラシを畳むとスーは髪を乾かす作業に専念しだした。腰までの長い髪は乾かすのも骨が折れるだろう。しかし、それもシンが好きな部分であった。
ふああ、と一つ欠伸をしてまたドライヤーを動かす。随分眠そうだ。
「スー様、眠いのなら私がやります」
「いいの?」
じゃあ、とドライヤーとブラシを渡され、シンはスーの後ろに回り込んだ。クッションが多少邪魔だが、へたれているから思ったほど邪魔にならなかった。さらりと長い黒髪を梳かしながらドライヤーの熱風でそれを乾かす。その間もスーは欠伸を続けていた。
「痛くありませんか?」
「大丈夫…。むしろ心地良いくらいだわ…」
ふああ、とまた一つ。その切れ長の目がゆっくりと閉じていって、頭ががくりと前へ落ちてしまった。聞こえてくるのは整った寝息。髪の主が眠ってからもシンは乾かすのをやめなかったが、ある程度のところでドライヤーのスイッチを切るとさっと髪を梳かした。いつも通り、つやつやした直毛が彼女の背中に流れていた。
それを一束手に取ると唇を寄せる。どうして自分がそんなことをしているのか解らないのだが、なんとなくそうしたい衝動に駆られた。
(おれはスー様のことを愛しているんだろうか)
俯いて寝るスーを抱き上げると彼女の部屋のドアを開ける。部屋の中は灯りも点いていないから暗かったが、居間の灯りを頼りにベッドに向かうと上の布団をめくるとシーツにごろりと寝かせて、また布団を被せる。
整った寝息を立てる彼女の前髪をそっと撫でて、その額を露わにする。そこに唇を落とした。
いつか、起きている彼女にこうできるようになりたい。
最近になってそう思うようになった。それは昔、彼女を妹のように思っていたそれではない。額や髪以外にもキスをしたい、キス以上のこともしたい。
シンがそういう意味でスーのことを好きなのは、考えるまでもない事実のようだ。
(愛している、愛しているんだ…)
スーがどう思っていようと、シンは彼女のことが好きだ。自覚はしているつもりだが、こんな感情どうすればいいというのだ。告白をすればいいのだろうか。しかし、それをスーが受け止めてくれるとは限らない。受け止めてもらえなかったならば、二人暮らしは難しくなるだろう。それに心に袈裟懸けに斬られたような傷を負うことは明確だ。
ならば、何もせず現状維持すればどちらも傷つかずに済むだろう。放っておけばいいのだ。こうやって、一緒に暮らして、眠っている間にその髪や額にこっそりキスができればそれでいい。それで満足だ。
「おやすみなさい」
もう一度、額に唇を落とすと立ち上がった。
そっとドアを閉めて、一つ欠伸をした。
今日はもう寝よう。
単純にそう考えて、居間の灯りを消すとシンも自分の部屋に戻った。
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