12話

新しい感情

2023-10-20 22:53:13
 同居を始めてから、スーはシンに対して不思議な気持ちを持ち始めていることに気がついた。彼に会える休日は本当に楽しみだし、最近は仕事を早く切り上げて彼は帰ってくる。夕飯作りにも精が出た。
 今日の夕飯は焼き魚とほうれん草のおひたし、そして味噌汁にごはんだった。オーソドックスな夕飯メニューだが、シンはいつもおいしいと言ってくれる。

「おいしい?」
「はい。焼き魚も焦げすぎていなくておいしいです。また腕をあげましたね。族長も喜ばれます」

 スーが訊ねれば、シンは柔らかく微笑んで答えた。おひたしも適度にごまの甘みがあって、おいしい。どちらもごはんがよく進むおかずだ。
 しかし、スーはそれでも自分はまだまだだと思う。もっともっとおいしいものを作れるようになって、喜ばせてあげたい。

「シンにおいしいって言ってもらえたら嬉しいわ」
「左様ですか」
「じじや、他の人に言われるのも嬉しいけど、シンに言ってもらえるのが今は一番嬉しい」

 シンは小さい頃から近所に住んでいて、幼い時分は兄のようにいつも遊んでくれていた。成長してからは都会で一人暮らしを始めたりとあまり遊んでくれることもなくなったが、それでもいつもスーのことを心配して、色々相談に乗ってくれていた。
 彼と同じように近所に暮らしているダヤンの舎弟やその息子はいるが、シンはその中で一際近い存在だった。

「シンと今日まで一緒に生きてきて、本当に良かったと思うの」
「突然、どうしたのです」
「他の人たちは私を叱ったりはしなかったけど、シンはよく叱ってくれたでしょう。私の数学のテストで赤点を取ったときは、追試前に夜遅くまで教えてくれた。だから私、今ここにいるのだと思うの」

 何度か、スーはテストで一桁の点数を取ったことがある。家のことはできるが、あまり勉強はできない。対してシンは成績優秀だった。さらに大学時代は一人暮らしをしていたから簡単な料理まで作れる。スーの身近にいる絵に描いたように優秀な人間だった。
 そんな彼に救われたことはたくさんある。

「シンには昔からよく助けられたわ。今はシンにお返しがしたいの。毎日おいしいごはんを作って、待ってあげていたいし。疲れたのなら、それをたくさん労ってあげたい。だから、これからもよろしくね」

 唐突に改まったようなことを言われて、シンは戸惑っている様子だ。しかし、言わずにはいられなかった。思ったときにちゃんと伝えないと、タイミングなど考えていたら言い逃してしまいそうだ。

「この間の一件から、スー様はどうされたのですか?」
「別に私は普通のつもりよ」
「なんだか以前よりも活き活きされているような気がします」
「生活に張り合いができたから…かしら」

 自分の傍にいつもいてくれるのがシンで良かった。
 一緒に住んでくれているのがシンで良かった。
 こんなにもいろんなことを頑張れる。
 だから、これからもずっと、一緒に暮らしていたい。

「これから、もっとおいしいごはん作れるように頑張るから」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」

 彼と一緒にいるとそれは無性にどきどきしてくる、この突然現れた気持ちの正体はまだ分からない。でも、そのうちきっと分かるだろう。
 それまでゆっくりゆっくりその気持ちを育んでいこう。

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