01話

二人暮らし

2023-10-17 08:58:59
「じゃあシン。二人暮らししない?」

 そう笑顔で言った彼女から渡されたのは住まい探しの広告。
 春から都会にある調理系の専門学校に通うスーは引っ越しをする必要があった。彼女を育てた祖父であるダヤンはすぐに賛成をした。しかし、シンは最後まで実家から通える学校を勧めていた。都会での女の一人暮らしは危険だと聞くからだ。

 そこで、彼女から出た提案が「二人暮らし」だった。

「そんなに心配だったら、おまえも一緒に住めばいいじゃない。おまえも春から都会に行くんでしょう?」
 これまで院生だったシンも春から社会人になる。都会に本社のある研究所への就職が決まっているので、彼も都会で暮らす必要があった。
「私もバイトをすれば、家賃とかも半々にできるし、家事とかも当番制にすれば負担も減るでしょう? 悪い話ではないと思うんだけど」
 首を傾げた彼女の提案は確かに魅力的な話だ。しかし、男と女が一つの部屋で一緒に暮らすというのは道徳的にどうなのだろうか。いいや、スーにとってシンは男ではなくただの家族だからこそそう言っているのだろうが。それでもスーは女だし、シンは男だ。彼女もそろそろそれを解らなければならない年齢だ。
「ねえ」
「しかし…」
「いいじゃない」
「ですが…」
「私だって、一人は少し寂しいかもしれないし」
「そう言う問題ではありません」
「シンは何を気にしてるの? 今までもずっと一緒に暮らしてきたじゃない」
「しかしスー様、これは…」
「いいじゃないか、二人で住めば。わしもおまえがいれば安心じゃ」
「ね」
 押し問答をしている二人の間に犬の散歩から帰ってきたダヤンが割り込んでくる。ダヤンにとってもシンは信頼できる部下の息子で一つ屋根の下で暮らしてきた家族の一人なのだろう。だから、シンとスーが一緒に暮らすと言っても兄妹で共に暮らすのと同義だと思っている。
 いいや違う、と声を大にして言いたいが、彼からのお墨付きがくれば、シンは首を縦に振るほかない。
「分かりました」
 そう頷いた瞬間から彼の住まい探しが始まった。
(とりあえず、2DKを見つけるところから始めよう)
 住まい探しの広告を開くと大方が一人暮らし向けのワンルーム。
 二人暮らしでは新婚やカップル向けのワンルーム。
 二人で暮らすその道はなかなか険しそうだ。


 ソファに座って住まい探しの広告を見ているのを学校から帰ってきたスーが目敏く見つけた。後ろからまわって、その広告を見ると一つの部屋の家賃は安いのに、二つの部屋の家賃は少し割り増しだった。
「私、別にワンルームでもいいのよ。家賃が安いじゃない」
「長い間二人暮らしがしたいならば、多少家賃が増えても二つの部屋にした方がいい。それに家賃は半々にするんでしょう」
「ふーん…」
 ソファの背もたれに寄りかかりながら、白靴下の足をぶらぶら遊ばせる。しかし、二月の始めに卒業式は終わったはずだ。
「何故今日は制服を着てらっしゃるのですか」
「学校でちょっとした集まりがあったから、行ってきたの。でも、これで着納めね」
 紺の膝丈スカートの端を摘んでしみじみと言う。
 冬用の紺のセーラー服に茶色いカーディガン。友達に流されて、伸びに伸びたもう彼女の制服姿が見られなくなるのは少し寂しいがこれから新しい一歩を彼女は踏み出していく。専門学校にも制服はあるから、きっとそれもよく似合っているだろう。
「いくつか目星はついてるの?」
「はい、これです。今度、スー様も一緒に見に行きましょう」
「ええ」
 もう一枚、目星のついた部屋にマーカーの引いてある広告をスーに手渡す。スーはうきうきした様子で頷いた。
「近くに便利なスーパーとかがあればいいわね」
「はい」
「学校や仕事場に近いところがいい」
「はい」
「風通しのいい部屋がいい」
「はい」
「近くに散歩できる道とか山とか公園も」
「はい、その辺りも見て回りましょう」
「そろそろ荷物まとめなきゃ。ねえ、バイトはどこがいい?」
「風俗以外ならどこでも」
 楽しみそうな彼女の髪が目の前で揺れる。先程よりも前に乗り出しているらしい。シンの手元の広告が見たいようだ。
「スー様、そこで前にお座りになれば…」
「私も今そう思ってた」
 スーは前にやって来て隣に座る。これから二人で暮らしていく部屋なのだから、二人で決めたい。こう言ってしまうとなんだか恋人同士の話のようなのだが、断じて違う。
 あくまで成り行きなのである。


120309
いいね!


次へ | -